DONのヨット暮らし

Mais ou sont les neiges d'antan?

伊平屋島 前泊港

2007.4.18(水)
夜中より猛烈な波。この港は南東に開けているがリーフもありそれ程心配する必要は無いと思っていたが、南の強風による波がまともに入ってくる。用心してアンカーをもう1本、計2本打っておいたが、もしもアンカーが抜けたらと気が気ではなかった。
5時に起き、天気予報を見るとピークは昼まえとある。未だ強くなるのだ。予報によれば低気圧の通過により風速は20m。波3m後4m。強風波浪注意報。大昔からの港にいれば風は受けるが波は入ってこず、安心していられるが今日は不安が続く。風が北風に変わるのは12時となっている。12時か13時までの辛抱だ。

ずっとゆれているので食欲がいつもほど無いが、ご飯と炊いて、おみおつけと野菜炒めをつくり少し遅めの8時から朝食。今食べ終わって8時半。外を見ると激しく雨が降っているが波が少し収まっている。一時的なものかピークを過ぎたものかは解らないが一安心である。

今、12時40分。10時半ごろに風が落ち、波が静かになる。日が一瞬さしたりもした。ピークは予報より早く越えたようだ。陸に上がって用を足して戻り始めたると北風が強烈に吹き始める。船に乗るためロープを引っ張るが風の力で引けない。何とかあれこれやって岸壁から乗り移る。予報どおり強気北風に変わったのだ。穏やかさは南から北に風が変わる一瞬の端境期だったのだ。かなりの強風が吹き渡る。今11時の予報を見て見るとと北の風18m、ピークは昼前とある。そうするとこれからは少し落ちてくるかな。

<神武天皇伊平屋島誕生説の出所>
いったいどこから神武天皇伊平屋島で誕生したという説が出たのか。伊平屋村のホームページを見てみると以下が出ていた。
<村ホームページ>より
出所伊平屋は、日本史、琉球史にかかわりの深い島として知られています。
江戸時代の学者藤井貞幹は『神武天皇の母玉依姫は、海宮(あまみ)の玉依彦の娘、豊玉姫の妹で、海宮とは、琉球国の恵平也(伊平屋)島』と唱えています。
琉球史においては琉球五王統のうち第一王統の祖先、屋蔵大主が伊平屋に住み、第二尚王統の尚円王は、伊是名島に産れ、二王統の発祥の島として賞讃されています。尚円王が王位につかれてから、その姉君を、伊平屋アンガナシとして、神職を与えて、島の根神の統治にあたらせ、尚円王の即位後も王発祥の地として、毎年もち米とうるち米の玄米を粒選らび、各三斗づつ御初米として献上。それが昭和六年まで続いていました。