DONのヨット暮らし

Mais ou sont les neiges d'antan?

無量寺にて応挙と芦雪を見る

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2016.6.19(日)
きのうの予報では朝から雨の予報だったが、今のところ晴れ。
朝の関西地方の天気予報でも和歌山県南部は雨、所により激しく降ると言っている。
今は晴れているが、と言えば良いものを。
こういうことはママある。今雨が降っているのに晴れと、気象予報士なのに決められた原稿を読んでいる。
串本には朝3時に雷注意報が出ている。
和歌山県では、19日朝から20日明け方まで急な強い雨や落雷に注意してください。」

昼から予報どおりとなる。
急に、ドシャブリ、猛烈な雨、風、雷。
3時ごろに止む。これも予報どおり。

そこで、串本のもう一つの本命、無量寺へ。
今は店も殆ど無い串本の銀座通りと命名された通りを進むと、かっての串本の繁栄を偲ばせる街へと入り込む。
なまこ壁の蔵を持つ豪壮な邸宅あり。
さらに進むと無量寺に行き着く。
由緒ある広大な禅宗の寺だ。
無量寺が何百年か前、津波で流され、現在の地に再建された。
その際、襖絵を描いたのが応挙と芦雪なのだ。
正確に言うと、一番弟子の芦雪が応挙に依頼され京都から串本まで来て襖絵を描いた。
応挙の絵は京都で描き、芦雪が持参した。
無量寺の素晴らしいのは、ガラス越しでは無く、本物を歩きながら手で触れられる距離で鑑賞できる。
私が入った時は一人。 入場料1300円。
そこで、貸切状態で担当(住職の奥さん?)の女性が案内してくれる。
先ず、30分ほでのビデオによる紹介。日耀美術館の様な番組ではないかと思われる。
次に宝物館の様な建物に案内してくれ、私専用に鍵を開け、重く大きな扉を開いてくれる。
本物の応挙と芦雪の襖絵を実際の状態と同じ位地関係で歩きながら鑑賞できる。
次に広い本堂に案内してくれる。
ここでは各部屋ごとに、応挙や芦雪が描いた当時と同じ状態で襖絵を見ることが出来る。
見た目には全く本物に見えるデジタルデータから和紙に印刷された襖絵なのだ。
住職が毎日お経を上げる場所に虎と龍の顔が来る。
違い棚がある一番格式の高い部屋は応挙の絵だ。
無量寺にやったきた何代目かの徳川将軍はこの部屋に泊まったそうだ。

誰に対してもこの様な対応をしてくれるのか、なにかの幸運だったのかは不明。

私は雨が上がったあとでやってきたが、雨が降っているときは本物を置いた館は開かないそうだ。

もう一つ、特筆すべきこと。
ここには若冲があるのだ。それも髑髏が描かれた名品。
どうして若冲があるのかは聞き忘れた。
無量寺がいくら大きな禅寺とは言え、京から遥か遠い串本の寺に応挙が作品を送り、一番弟子を行かせたか。
寺の住職が未だ若く、何者でもない時、これまた修行の段階で世に知られた無かった応挙と親しかった。
いつか、重要な寺の立派な住職となったときにはその寺の襖絵は応挙が描くと約束しあった。そうだ。
その機会がようやくやってきて依頼したとき、応挙は知らぬものの無い日本一の画家であった。
しかし、もう高齢で串本まで行くのは困難で替わりに一番弟子の芦雪を行かせ、自分の作品を持たせた。

若冲の作品は一つは美術館に貸し出し、もう一点は収蔵中でどちらも見られなかった。
残念ではあったが、応挙と芦雪は貸切状態でゆっくり、見たいだけ作品を見ることが出来た。
雨上がりの道をここちよく散策しながら艇へと戻った。

18時6分のバスで温泉、サンゴの湯へ。410円。
思ったよりきれい。新しくなって10年前より快適。気持ちよかった。
帰りはバス終了。歩いて帰る。35分ぐらいか。

写真:
・5時30分、東の空。かように、晴れてます。
無量寺入り口
・芦雪が描き応挙の絵が襖絵になった状態で見せてもらった本堂
・途中にあった串本の旧家、豪邸。