DONのヨット暮らし

Mais ou sont les neiges d'antan?

泉大津マリーナから、あちこち

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2013.10.24(木)
朝起きると雨が止んでいる。
これ幸いと暗い中、顔を洗いにクラブハウス横の流しまで。
艇に戻って5時の天気予報を見ると、今日は雨から曇りに予報が変わっている。
台風予報は25日夜から26日朝までが風15m、26日夜まで10mと、少し15mの風の範囲が
少なくなった。
朝ご飯準備中。6時。

今日は漁船も出港しない。強風、高波対応だろう。
食後すぐ、台風対策。
スターンから2本、三つ打ちナイロンロープを取る。
スターンとバウの舫いに摺れ止めと着ける。

今日は雨では無い様なので、台風対策が終わったところで、
当地の歴史文化を訪ねてあちこちに行ってみることにする。

先ずは泉国一宮、大鳥大社
10:43 マリーナそばから、無料バスで泉大津駅へ。
泉大津→羽衣(急行で一駅)
歩いて3分。JR東羽衣駅へ。
東羽衣駅→鳳(おおとり)駅へ一駅。
駅員に道順を尋ね、途中街の人にも聞きながら歩く。
私は知らない土地を、街のあれこれを見ながら歩くことに無上の喜びを感じる。
途中、通りに面した小学校の50m程の塀一面にダンジリの絵が描かれているのに驚く。
端から端まで、上から下まで全面に描かれている。
山車の上で踊っている祭人が何人も描かれている。
神田の小学校の塀一面に祭の様子が描かれるということは今までもこれからも無いだろう。
当地でダンジリが如何に溶け込んでいるかを見る。

やがて、大鳥大社の石柱の塀が見えて来る。
大きな鳥居から入る。
すぐ、神社の森が大昔からの聖地であることを直感する。
拝殿に向かうと先ず、真っすぐズット先に大鳥美波比神社が見える。
大鳥大社は途中で左に直角に曲がる。
石で出来たきれいな手水。手口、清め。

拝殿にて参拝。
御朱印拝受。

拝殿前の鳥居は円柱では無く、八角の柱だ。良く見ないと解らない。

次に大鳥美波比神社参拝。
式内社だが、時代を経て大鳥大社に合祀されている。

大鳥大社では金網やロープで本殿近くや森の中に入れない。
本殿を大周りに廻ると、本殿の後に石を祀った祠あり。

戻る道すがら池が遠くに見える。日本の伝統であった神社と寺の共存のなごりであろう。

鳳駅近くに食事をする所がなかったので、次に目的地へ。
鳳駅→信太山駅(一駅)
ここにも食事出来る所が無い。
うどん屋があったのだが、木曜で休み。
しょうがなく、喫茶店の様な小さなレストランでオムライス。

ここ信太山駅、池上曽根地区には巨大な弥生時代の史跡公園がある。
地元の地図に沿って歩き始めてびっくり。
家の廻りに水路をめぐらし、時代を経た歴史建造物の様な家がいくつもある。
普通に生活しているようだ。こんな所が大阪にあるとは。
門を木造で巨大につくり、馬鹿に大きな家もある。
どの様な歴史を持った町なのだろう。

10程で史跡公園。
左端にある弥生文化博物館へ。年齢サービス400円。
たまたま、2日前から「吉備と邪馬台国」というタイトルの企画展をやっていた。
吉備、今の山口は弥生時代から栄えていたが、古事記日本書紀には
吉備に言及した箇所が無いとの指摘。面白い視点だ。
展示している吉備に弥生遺跡も質の良いものが多い。
弧帯(こたい)石という大きな自然石に奇妙な加工をした非常に精神性を感じさせる、
遺跡を初めて見た。
展示会のタイトル、吉備と邪馬台国との関連についてはあまり言及と物は無かった。
チョット得難い機会を体験出来、良かった。

外へ出て、公園になっている広大な弥生文化地帯を眺め、
再現した弥生時代の直径2.3mの栗の木をくりぬいた井戸を見、復元巨大建築物に入ってみる。

公園の先に次の訪問先、式内社、曾禰神社の森がこんもりと茂る。
曾禰神社参拝。

歩いて泉大津駅に行こうと近くいた主婦に道を聞いたところ、
松ノ浜まで行って一駅電車に乗った方が近いと教えてくれる。
この主婦は道の教え方が女性にしては珍しく上手い。
おおよそこちらの方と大きな方向を教えてくれる。
普通女性は男性にも多いが、酒屋の角を曲がって、
洋服やが右にあるがそこでは曲がらずに真っすぐ行くと言った、
教え方をするものだ。おおよその方向を目指して進むとドンピシャ、松ノ浜駅

泉大津駅で降り、3分ほどにある大津神社へ。
ここには式内社粟神社を合祀している。
参拝。
合祀している神社は内部にあるらしいが、拝殿からは見えない。
本来、粟神社は、今、式内町と呼ばれる泉大津駅の北側にあった。
粟神社が式内社であったことから町名を式内町と名付けたのだ。

もともと粟神社が会った場所の探索。
これが結構手間でした。
ヨシミツ毛織のそばと情報があったので大津神社の近くで聞いたが、
聞いたことも無いと言われる。
交番に行き、教えてもらい、指示された地図上の位置を頭に入れ、
歩きだす。40分ほど歩いて、全く違った方向だと解る。
アッチコッチと訪ねながらようやくヨシミツ毛織へ。
式内社粟神社跡はすぐ見つかる。
市の標識が出ているのだ。見つかって良かったー。

歩いていて泉大津にはナントカ毛織という工場が幾つもある。
東京では見たことが無い。大阪には未だ繊維産業が残っているのだ。

泉大津駅に戻り、途中で見つけた果物の安い店でミカンを購入。
ダイエーで食材仕入れ。何時もの様に結構な金額になる。
無料バスで亭に戻り、夕食。

今日はずいぶん歩いたなー。
3~4時間あるいてるんじゃないかな。
粟神社跡探し時以外は雨が降らず幸運であった。

私は歩くのは全く意識に上らないほど、苦にならない。

写真:
・2013.10.24 6:29泉大津の朝日
信太山駅近くの風情ある建築物
信太山駅近くの歴史建造物の様な家
・池上曽根史跡公園にある復元弥生時代巨大建造物。